遊びは無駄ではない、子供は遊ばせろ。 - 和人VOICE

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遊びは無駄ではない、子供は遊ばせろ。

効率的な人生って面白いんだろうか?
先日のミーティングで話していてそんな事を思ってしまった。


情報過多の現代、ネットで調べれば大体のことはわかってしまう。
その場にいなくても行ったような気になれるし、
実際に見ていなくてもなんとなくわかってしまう。

そうすると自分の判断で”これは無駄”となってしまう。
無駄だからやらない、と。

どこかに出向いて、何かを体験しようとしないよね。

印象的な言葉だった。
その体験が間違いなく有用と思えばやるんだろうけど、
無駄だと思うと経験しようとは思わない。


果たして、「無駄な事」なんてものは
人生の経験において存在するのだろうか?


無駄な中に真実があるかもしれないし、その無駄な経験なりが
数年後に役立つことだってあるのではないだろうか?

未だによい大学を出て良い会社に入ればとりあえず安心だ、と思う人が
多くいる事に愕然としてしまう。
そういう無駄のない人生を歩んで欲しいという親も多いのだろう。

だけどさぁ、月並みな言い方になってしまうけど
挫折のない人生なんてそうそうないよね。
特に今後は一生安泰な企業はおそらくないよ。

そうすると、ゴールまでしっかりと続いていたレールが
突然なくなってしまうわけだ。
その時になって初めて気付くことになる。

「人生何が起きるかわからない」
とね。

ここで、どう軌道修正するのか、この時に生きてくるのが
無駄な経験ではないだろうか?


子供にとって”遊び”が無駄と思っている大人が増えいている
ような気がする。
エネルギーの塊のような子供にとって、遊びとは
その発散をするために必要不可欠なことだ。
そのエネルギーを押さえ込まして塾や習い事に行かせるというのは
親にとって遊びが無駄な事とと思っているんだろうね。

切れる子供、落ち着きのない子供が時々クローズアップされるけど
その背景に見え隠れするのは親のエゴだ。
親が敷いたレールに子供を載せようとするから
子供は過度なストレスが溜まってしまう。

子供の人生は子供が自発的に見出させなければならないのでは
意味がないのではないだろうか?
子供にとって遊びはエネルギーの発散だけではない、
コミュニティを体験するよい訓練場なのだ。
子供という小さな世界ではあるが、そこで色んな子と関わることによって
多くの事を学んでいく。
この訓練が不足するから”コミュニケーション下手”な
高校生、大学生が増えているのではないだろうか?


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