心と向き合う時 - 和人VOICE

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心と向き合う時

こんばんは。

昨日のお昼過ぎ、ヤフーニュースを見ると気になる記事があった。

「秋葉原で無差別殺傷事件、5人心肺停止」


日曜日の繁華街、しかも白昼堂々の犯行だ。
犯人は20代の青年、車で歩行者に突っ込んでから、
サバイバルナイフを振り回したようだった。


18時からチームリーダと打ち合わせがあったので
仕事の後、新宿に向かった。
西口の地下交番前で先日購入した蟹工船を読みながら
待っていると、前方で人だかりができていた。


何の集まりかと行ってみると、昼間に起きた通り魔殺人の
号外が配られていた。
その号外には目を覆いたくなるような写真が載っていた。

路上に広がった血痕、倒れた人に人口呼吸を施す人、
警察官、救急隊員の姿・・・
殺人未遂の現行犯で逮捕された加藤智大(ともひろ)容疑者は
静岡県からレンタカーを借りて、東京までやってきたそうだ。


ざっと号外を眺めつつ、リーダーと店に入った。

「安全な場所なんてもうないよなぁ」
リーダーが号外を読みながら言った。

日本は益々アメリカに似たきているような気がして仕方がない。
10年前ならアメリカで起きた銃乱射事件などはよその国の
出来事であったが、今回のような感情の怒りを社会に向けて
しまう状況を鑑みると、その潜在性に恐怖を感じてしまう。


どこから狂ってしまったのだろうか?
経済至上主義、拝金主義を追い求めると
同じような結果に行き着いてしまう。

アメリカに続き日本までも同じ道を辿っているように見える。

心の喪失

心と向き合わずに来てしまったのが一つの要因ではないだろうか?
戦後の日本は経済発展を優先するあまり、ある意味、工場の様な
役割を果たしてきた。

卒業して送り出せられる人間は組織に忠実に従うような
人材ばかり、良くも悪くも
会社と従業員は家族のような関係を築く事が出来ていた。

年功序列、終身雇用のシステムがその関係を裏付けていた。


21世紀、その関係はもろくも崩れてしまった。
企業の寿命は2010年には10年になるだろうと予想されている。

そんな中で会社に人生を預けることなんて出来やしない。
社会はそれだけ大きく変わってしまったのだ。
ところが、その変化と裏腹に教育はまるで変わっていない。


相も変らず受験に勝ための教育が行われ、社会に出てから
どんな人生を歩むのか、を全く教えていないのではないだろうか?


もっと突っ込んで言うと、「受け身」の教育しか行われていない。
解答は必ずどこかにある、という全く持って不可思議な教育だ。

社会に出れば解答のない問題ばかりである。
その問題が起きたときに”自ら問題に取り組み姿勢”が必要なのに
受身の教育を受けていた人たちは誰かが解答を与えてくれると
勘違いしがちだ。


おっと、話が脱線してしまった。

何だろうなぁ、私から見ると理解し難い事件ばかりが起きている。

まさに”心の喪失”がその原因だと思う。
土台である「心」がしっかりしていないのに、その上にどんな知識・情報を
載せようと思っても度台無理な話なのだ。

よい作物を育てようと思うのなら良質な土壌を作らなければならない。
農家の仕事は土作りから始まるのだ。


心が未熟なうちにいくら情報を詰め込もうとも
順序が逆のなのである。



今の日本社会には潜在的にいつ爆発してもおかしくないような
人たちが多く存在していると思う。
今回の事件はその社会の闇の部分が表に出てしまった一例ではないだろうか?

これから様々な専門化が容疑者や事件についてコメントするだろうが
それは一部分を見ているに過ぎない。
本当に見るべきものは別にある・・・
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